社会認知的キャリア理論とは
理論の背景
1970年代までのキャリア理論は、Holland のRIASEC のような「個人と職業のマッチング」が主流だった。しかし、なぜ人がある職業に興味を持ち、なぜそれを選択し、なぜそこで成功するのか――その心理プロセスは十分に説明されてこなかった。
この空白を埋めたのが、スタンフォード大学の心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)の社会的認知理論(Social Cognitive Theory, 1986)。バンデューラは「人の行動は、本人の認知(特に自己効力感)が中心的な役割を果たす」と主張した。
ロバート・W・レント(Robert W. Lent)、スティーブン・D・ブラウン(Steven D. Brown)、ゲイル・ハケット(Gail Hackett)の3人は、1994年にバンデューラの理論をキャリア領域に拡張し、社会認知的キャリア理論(Social Cognitive Career Theory, SCCT) として体系化した。
理論の核心
SCCTの主張は明快で、キャリアの興味・選択・成果は、3つの認知変数(自己効力感・結果期待・目標)の相互作用によって決まるということ。
性格や環境ではなく、認知が行動を駆動するという視点が SCCT の特徴。同じ環境・同じ能力でも、本人の認知が違えばキャリアの軌跡は大きく変わる。そして認知は学習経験を通じて変えられる――この主張がキャリア介入の希望をもたらした。
SCCTの3つの認知変数
1. 自己効力感(Self-Efficacy)
「自分はこの行動をうまくできる」という信念。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| タスク自己効力感 | 特定のタスクができるという信念(例:「プログラミングで問題を解決できる」) |
| 進路自己効力感 | キャリア選択に関する自己効力感(例:「自分に合う仕事を見つけられる」) |
| 領域自己効力感 | 特定領域全般での自己効力感(例:「数学的な仕事ができる」) |
自己効力感はSCCTの中で最も中心的な概念。他の2変数(結果期待・目標)に強く影響する。自己効力感が低いと、たとえ能力があっても挑戦を避け、結果として能力も育たないという悪循環が生じる。
2. 結果期待(Outcome Expectations)
「この行動を取ったら、どんな結果になるか」という予測。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 物質的結果期待 | 給与・昇進などの外的報酬の予測 |
| 社会的結果期待 | 他者からの承認・尊敬の予測 |
| 自己評価的結果期待 | 自分自身が誇りを感じられるかの予測 |
自己効力感が「できるかどうか」を扱うのに対し、結果期待は「やる価値があるかどうか」を扱う。両方が揃って初めて行動が選択される。「できるけど無意味」と感じれば動機は生まれないし、「価値あるけどできない」と感じても動機は生まれない。
3. 個人目標(Personal Goals)
「何を達成したいか」という意図。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 選択目標 | どの活動・職業に従事するかの目標 |
| パフォーマンス目標 | どれだけうまくやりたいかの目標 |
目標は意図を行動に橋渡しする役割を持つ。明確な目標がない場合、人は環境に流されたり既存の習慣を続けたりする。目標の設定そのものが行動の起爆剤になる。
3変数の相互作用
3変数は独立ではなく、互いに影響し合う。
自己効力感 ─→ 結果期待 ─→ 目標 ─→ 行動 ─→ 成果
↑ ↑ ↑ │
└───────────────┴──────────┴──────────────┘
フィードバック
行動の成果は再び3変数に戻り、強化したり弱めたりする。成功体験は自己効力感を高め、失敗体験は低下させる。このフィードバックループによって、キャリアは時間とともに発展する。
SCCTの4つのモデル
SCCTは4つの相互関連したサブモデルで構成される。
モデル1:興味発達モデル(Interest Development Model)
キャリア興味がどのように形成されるかを説明する。
学習経験
↓
自己効力感 + 結果期待
↓
興味
↓
目標
↓
活動への参加
↓ ……(経験が次の学習経験に)
興味は生まれつきではなく、「できる」と「いいことがある」を経験した活動で発達する。例えば、子どもの頃に成功体験を持ったスポーツに継続的に関心を持ち続けるのはこのプロセス。
モデル2:選択モデル(Choice Model)
人がどのように進路を選ぶかを説明する。
興味だけでは進路選択は決まらない。興味+自己効力感+結果期待+環境的支援/障壁 が複雑に作用して選択に至る。
| 要素 | 役割 |
|---|---|
| 興味 | 何に惹かれるか |
| 自己効力感 | できると思えるか |
| 結果期待 | やる価値があるか |
| 環境的支援 | 家族・教師・同僚・社会の後押しがあるか |
| 環境的障壁 | 経済的制約・差別・地理的制約があるか |
実際の選択は「興味があるが現実的でない」を避け、「現実的だが興味がない」も避け、両者のバランスで決まる。
モデル3:パフォーマンスモデル(Performance Model)
選んだ進路でどのように成功するかを説明する。
能力 + 自己効力感 + 結果期待 + 目標
↓
パフォーマンス(行動のレベルと持続)
↓
成果
能力だけでは成功は決まらない。同じ能力でも、自己効力感が高い人は挑戦的な目標を立て、より長く粘り強く取り組み、結果として成果を上げる。逆に自己効力感が低いと、能力があっても挑戦を避けて成果が出ない。
モデル4:満足モデル(Satisfaction Model, 2004年に追加)
仕事満足がどのように生まれるかを説明する。
| 要因 | 影響 |
|---|---|
| 仕事の条件・報酬 | 直接的に満足度に影響 |
| 自己効力感 | 仕事をうまくこなせる感覚が満足を高める |
| 結果期待 | 仕事の成果に対する期待が満たされるか |
| 目標進捗 | 自分の目標に向けて進んでいる感覚 |
| 性格要因 | ポジティブ感情の傾向 |
満足度は外的条件だけでなく、本人の認知変数によって大きく左右される。同じ職場でも、自己効力感が高く目標進捗を感じている人と、そうでない人で満足度は大きく異なる。
自己効力感の4つの源泉
SCCT で最も実践的に使われるのが、自己効力感の源泉に関するバンデューラの理論。自己効力感は4つの経験から生まれる。
1. 達成体験(Performance Accomplishments)
「自分が実際にやってできた」という直接的成功体験。最も強力な源泉。
ただし、簡単すぎることをやって成功しても効力感は上がらない。適度に難しいタスクで成功することが重要。
2. 代理体験(Vicarious Learning)
「自分と似た人ができている」を観察すること。
ロールモデルの存在は自己効力感を大きく高める。「自分と似た背景の人ができたなら、自分にもできるかもしれない」と感じられるかが鍵。
3. 言語的説得(Verbal Persuasion)
「君ならできる」と他者から言われること。
ただし、達成体験や代理体験ほど強力ではない。さらに、説得する側の信頼性が低いと効果がない。表面的な励ましは逆効果になることもある。
4. 生理的・情緒的状態(Emotional Arousal)
身体・感情の状態が自己効力感に影響する。
緊張・不安・疲労は自己効力感を下げる。逆に、リラックス・覚醒・ポジティブな感情は自己効力感を支える。身体の状態を整えることが、認知に影響することを示す。
4源泉の活用
実践的なキャリア介入では、これら4源泉に意図的に働きかける。
| 介入 | 対応する源泉 |
|---|---|
| 小さな成功を積み重ねる課題設計 | 達成体験 |
| ロールモデルの提示・メンタリング | 代理体験 |
| 信頼できる他者からのフィードバック | 言語的説得 |
| ストレス管理・睡眠・運動 | 生理的状態 |
環境要因の重要性
SCCT は単なる「個人の認知」の理論ではなく、環境との相互作用を重視する。
環境的支援(Supports)
| 支援の例 |
|---|
| 家族の理解・経済的後押し |
| 教師・上司・メンターからのフィードバック |
| 同僚・友人からの励まし |
| 社会的ロールモデルの存在 |
| 学習機会・実習機会の提供 |
環境的障壁(Barriers)
| 障壁の例 |
|---|
| 経済的制約 |
| 性別・人種などへの差別・偏見 |
| 地理的制約(教育機会の地域格差など) |
| 家族の反対・期待からの圧力 |
| ロールモデルの不在 |
SCCT の特徴は、環境的支援と障壁を認知の媒介を通じて捉える点。同じ障壁でも、本人がそれを乗り越えられると認識すれば行動につながり、克服できないと認識すれば行動を抑制する。介入は障壁を物理的に除去するだけでなく、障壁への認知を変えることも有効になる。
他のキャリア理論との関係
Holland との関係
Holland のRIASECモデルが「人格タイプ」と「職業環境」のマッチングを扱うのに対し、SCCT は「興味がどう発達するか」「マッチングがどう実現されるか」を認知プロセスで説明する。Holland が結果(適合)を扱うとすれば、SCCT はその結果に至るプロセスを扱う、と考えると相補的に整理できる。
Krumboltz の社会的学習理論との関係
Krumboltz の社会的学習理論(1976)も SCCT も、バンデューラの社会的認知理論を源流とする兄弟理論。Krumboltz が「学習経験がキャリアを決める」というシンプルな主張から始まったのに対し、SCCT は「学習経験 → 認知 → 行動」という認知の媒介を組み込んだ精緻な理論として発展した。
Schein のキャリアアンカーとの関係
Schein のキャリアアンカーが「手放せない価値観」を扱うのに対し、SCCT は「できると思える領域」を扱う。価値観と効力感は別の次元。「やりたいけどできない」(アンカーはあるが効力感が低い)「できるけどやりたくない」(効力感はあるがアンカーと違う)といった状況を別々に扱える。
Savickas のキャリア構成理論との関係
Savickas のキャリア構成理論が「意味の物語」というマクロな視点でキャリアを捉えるのに対し、SCCT は「認知変数」というミクロな視点で行動を予測する。両者は分析レベルが違うため対立せず、Savickas の物語の中で SCCT の認知メカニズムが働いていると統合的に理解できる。
SCCTの実践
個人としての活用
自分のキャリアを SCCT のレンズで点検する問い。
| 観点 | 自問 |
|---|---|
| 自己効力感 | 自分は今の仕事で「できる」と感じているか?どこで自信が無いか? |
| 結果期待 | 今の努力が報われると感じているか?どんな結果を期待しているか? |
| 目標 | 中期的な目標は明確か?目標と日々の行動は一致しているか? |
| 4源泉 | 最近、達成体験はあったか?参考にできるロールモデルはいるか? |
| 環境 | 周囲の支援は十分か?認識している障壁は本当に克服不能か? |
キャリアカウンセリングでの活用
SCCT はキャリア支援の理論的基盤として広く使われている。
- 自己効力感が低いクライアントに対し、達成体験を積める小さな課題を設計する
- 同じ背景・属性のロールモデルを紹介する(代理体験)
- 環境的障壁の認知をリフレーミングする(「克服不能」から「対処可能」へ)
- 結果期待が現実的かを点検する(過剰な期待・過小な期待のいずれも調整する)
- 目標を SMART 形式で具体化する
教育・組織での活用
学校教育や企業の人材育成にも応用される。
- 失敗を「学習経験」として捉え直す指導(自己効力感を守る)
- 多様なロールモデルを意図的に提示するキャリア教育
- ストレッチ目標と達成可能な目標を組み合わせた育成計画
- ポジティブなフィードバック文化の醸成
SCCTの限界と批判
1. 認知偏重の批判
SCCT は認知変数を中心に置くため、無意識的・感情的なキャリア決定プロセスを軽視するという批判がある。実際には、人のキャリア選択は本人が自覚している認知だけでは説明しきれない部分も多い。
2. 文化的バイアス
SCCT はアメリカ的な個人主義・自己効力感を前提にしている。集団主義的な文化(家族・共同体の意向が強い社会)では、「個人の認知」よりも「家族の期待」がキャリアを決めることが多く、理論の一般化に限界がある。
3. 構造的不平等の扱い
SCCT は環境的障壁を「認知を媒介して」扱うが、客観的に存在する構造的不平等(経済格差・差別・教育機会の格差)の重みを十分に表現できているかは議論がある。「認知を変えれば乗り越えられる」という楽観論に陥る危険性がある。
4. 介入の効果測定の難しさ
自己効力感は介入で高められるが、それが実際の行動・成果につながるまでには時間がかかる。短期的な効果測定では介入の真価が見えにくい。
レント博士、ブラウン博士、ハケット博士について
ロバート・W・レント(Robert W. Lent, 1953-)はメリーランド大学の名誉教授。職業心理学・キャリア介入の研究で長年第一線にいた。SCCT を体系化した中心人物。
スティーブン・D・ブラウン(Steven D. Brown, 1948-)はロヨラ大学シカゴ校の名誉教授。キャリア意思決定・進路指導理論の研究で知られる。レントとともに SCCT を共同提唱した。
ゲイル・ハケット(Gail Hackett, 1949-)はアリゾナ州立大学などで教鞭を執った後、現在は退任。バンデューラの自己効力感理論をキャリア領域に最初に応用した研究者の一人で、特に女性のキャリア発達における自己効力感の役割を明らかにした研究で知られる。
3人の共同論文(Lent, Brown, & Hackett, 1994)は、SCCT の出発点としていまも頻繁に引用されている。
参考文献
- Lent, R.W., Brown, S.D., & Hackett, G. (1994). Toward a Unifying Social Cognitive Theory of Career and Academic Interest, Choice, and Performance. Journal of Vocational Behavior, 45(1), 79-122.
- Lent, R.W., Brown, S.D., & Hackett, G. (2000). Contextual Supports and Barriers to Career Choice: A Social Cognitive Analysis. Journal of Counseling Psychology, 47(1), 36-49.
- Lent, R.W. (2004). A Social Cognitive View of Career Development and Counseling. In S.D. Brown & R.W. Lent (Eds.), Career Development and Counseling. Wiley.
- Lent, R.W. & Brown, S.D. (2006). On Conceptualizing and Assessing Social Cognitive Constructs in Career Research. Journal of Career Assessment, 14(1), 12-35.
- Lent, R.W. & Brown, S.D. (2013). Social Cognitive Model of Career Self-Management: Toward a Unifying View of Adaptive Career Behavior Across the Life Span. Journal of Counseling Psychology, 60(4), 557-568.
- Bandura, A. (1986). Social Foundations of Thought and Action: A Social Cognitive Theory. Prentice-Hall.
- Bandura, A. (1997). Self-Efficacy: The Exercise of Control. W.H. Freeman.
- Hackett, G. & Betz, N.E. (1981). A Self-Efficacy Approach to the Career Development of Women. Journal of Vocational Behavior, 18(3), 326-339.