TL;DR
- 競馬・ベッティング市場では半世紀以上にわたり同じパターンが観察される: 大穴は理論期待値よりも過小評価され、人気馬は適正に近い
- 説明軸は3つ: 行動経済学 (risk-loving)、market microstructure (insider 対策)、transaction cost の relative weight
- 株式 IPO や宝くじでも類似の構造的歪みが報告されている
- 「FLB がある = lay すれば勝てる」と直結はしない。efficient market における運用可能 edge は痩せる
Hook
競馬で「万馬券」を狙う人は多い。1 万円が 100 万円になる夢。直感的には大穴のほうが期待値もよさそうに思える。だが半世紀近い academic research は明確にこう述べる。
大穴は割に合わない。人気馬の方がはるかに公平に近い。
この現象は Favourite-Longshot Bias (FLB) と呼ばれ、競馬・スポーツベッティング市場で robust に確認されている。
FLB の発見
最初に体系的に報告したのは Griffith (1949) と McGlothlin (1956)。両者ともに、米国の競馬データで「オッズが高い (= longshot) ほど actual win probability が implied probability を下回る」傾向を観測した。その後 Hausch & Ziemba 編 Efficiency of Racetrack Betting Markets (1990) が世界中の競馬市場のデータをまとめ、FLB が普遍的に存在することを示した。
データの典型的な見え方:
| implied probability (オッズから逆算) | actual win rate | 期待値 (commission 後) |
|---|---|---|
| 50% (人気) | 約 50% | -3% (margin 程度) |
| 10% | 約 8% | -10〜-15% |
| 1% (大穴) | 約 0.3% | -60〜-70% |
implied と actual のギャップが、長いオッズになるほど広がる。
なぜ FLB は存在するのか
複数の説明が提案されており、いずれも互いに排他的ではない。
1. 行動経済学的説明 — Risk-Loving 行動
ベッティング者は dispersion (variance) 自体を効用とする。期待値が低くても「ロマン」が買える大穴を選ぶ。Pratt (1965)、Quandt (1986) が数理的に整理。Tversky & Kahneman (1992) の Cumulative Prospect Theory における 小確率事象の overweighting とも整合する。
2. Market Microstructure — Insider 対策
Shin (1991, 1992) は、bookmaker が informed bettor (insider) のリスクをカバーするためにオッズを歪ませるモデルを提示した。bookmaker は「longshot のほうが情報優位の影響を受けにくい」と仮定し、margin を非対称に乗せる。結果として longshot 側により厚い margin が乗る。
3. Transaction Cost の Relative Weight
固定 commission や per-bet 手数料は、賭け金が小さい大穴側のほうが比率として重く効く。例えば commission 2% の取引でも、ペイアウト 100 倍の大穴では実効 commission 率が大きく見える。
4. Misperception of Small Probabilities
Tversky/Kahneman の prospect theory が示した通り、人は 1% を 5% と感じ、99% を 95% と感じる。低確率事象の subjective probability が actual を超える。
普遍性 — 競馬の外でも観察される
FLB の構造は競馬に限らない。
- IPO 初値: Loughran & Ritter (2002) — 公募価格の overpricing、初値からの underperformance。低確率な「次の Apple」期待が乗る
- 宝くじ: 期待値は -50% 前後でも参加される。極端な longshot
- 新興企業株 vs 安定株: 長期では「人気の見えにくい」安定株のリスク調整リターンが上回る (Fama-French)
- スポーツベッティング: NFL, NBA, サッカーいずれでも観察 (Snowberg & Wolfers 2010)
理論的存在と運用可能 edge は別問題というのが実務の難しいところ。
「人気を lay すれば勝てる」のか
academic literature は「人気馬を機械的に lay する」と +1〜3% の edge が報告されることがあると示すが、現実の運用では:
- exchange の commission が edge を圧迫
- liquidity 不足で wanted price で約定しない
- adverse selection (informed bettor が同じ side に来ている)
- regime によって edge 自体が消える
つまり「FLB がある」は事実だが、「FLB を捕まえれば勝てる」は別命題。市場が efficient になればなるほど、紙の edge は紙のまま終わる。
個人的経験
systematic にベッティング市場を観察していて感じるのは、「FLB の存在を信じすぎてはいけない」こと。理論として robust に存在するが、実運用では commission・slippage・adverse selection で薄まり、表に出にくい。
特に印象に残っているのは、academic に書かれている「lay 大穴で +X%」を素直に信じて backtest を組むと、commission 後で edge が ほぼゼロまで縮むケースが多かった経験。理論の存在 vs 運用可能 edge の差を見極めるのが quant としての成熟だと学んだ。
まとめ
- FLB は半世紀以上の literature で robust に確認された market anomaly
- 説明は behavior、microstructure、psychology の混合
- 株式・IPO・宝くじなど他市場でも類似構造
- 「理論上の edge」と「運用可能 edge」は別物。efficient market でほぼ消える
次回は、backtest の「+5% ROI」をどこまで信じていいのか。Bootstrap CI vs 単純 t-test で robust な評価を考える。
参考文献
- Hausch, D.B., Ziemba, W.T. (Eds.) (1990). Efficiency of Racetrack Betting Markets. Academic Press.
- Snowberg, E., Wolfers, J. (2010). Explaining the Favorite-Long Shot Bias: Is it Risk-Love or Misperceptions? Journal of Political Economy, 118(4), 723-746.
- Tversky, A., Kahneman, D. (1992). Advances in Prospect Theory: Cumulative Representation of Uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5, 297-323.
- Shin, H.S. (1991). Optimal Betting Odds Against Insider Traders. Economic Journal, 101(408), 1179-1185.
- Levitt, S.D. (2004). Why Are Gambling Markets Organised So Differently from Financial Markets? Economic Journal, 114(495), 223-246.
- Loughran, T., Ritter, J.R. (2002). Why Don’t Issuers Get Upset About Leaving Money on the Table in IPOs? Review of Financial Studies, 15(2), 413-443.