TL;DR
- 期待値プラスのゲームでも、賭け金の大きさを誤れば破産する
- Kelly Criterion は対数効用を最大化する最適賭け金率の理論
- 教科書通りの “Full Kelly” は variance が大きすぎ、実運用では 1/4 〜 1/5 Kelly が現実解
- 罠を避けるには、edge の推定誤差そのものを Kelly 計算に織り込む必要がある
Hook
期待値がプラスのゲームを淡々と続ければ、長期的には資産が増える。直感的にはそう思える。だが現実には、期待値プラスのゲームに 過剰な賭け金率で挑んだプレイヤーは破産する。
たとえば単純化された二択ゲームを考えよう。勝率 55%、配当 1:1 (勝てば賭け金が倍になり、負ければ失う)。期待値は明らかにプラス。しかし毎回手元資金の全額を賭け続ければ、十分長く回した先でほぼ確実に破産点に到達する。なぜか。
答えは variance にある。資産は加算的ではなく幾何平均で動く世界では、大きな drawdown を 1 回喰らうと、その後の期待値プラスでは取り返せない。−50% を被ったら、回復には +100% 必要だ。算術平均最大化と幾何平均最大化が一致しないという事実が、ナイーブな期待値最大化を裏切る。
Kelly Criterion とは
1956 年、Bell Labs の John L. Kelly Jr. が情報理論の応用として導出したのが Kelly Criterion。要点は次の一行に尽きる。
対数効用 (log utility) を最大化する賭け金率
シンプルな二択 (勝率 p、配当 b、q = 1 – p) では、最適賭け金率 f* は:
f* = (bp - q) / b
たとえば p = 0.55、b = 1 なら f* = 0.10。資金の 10% を毎回賭けるのが理論上の最適となる。
Kelly fraction の本質は「対数効用最大化」、つまり「資産の幾何平均成長率を最大化する」ことに等価。長期で複利成長を最大化したいなら Kelly が正解、というのが理論の主張だ。
なぜ Full Kelly は危険か
導出された f* にそのまま従う運用を Full Kelly と呼ぶ。理論上の最大成長率を達成するが、実運用では 3 つの罠がある。
1. p の推定誤差が致命的
Kelly fraction は p に強く依存する。実際の p が 0.55 ではなく 0.53 だったら、最適賭け金率は半分以下に落ちる。つまり「edge を過大評価したまま Full Kelly を打ち込む」と、結果的に Over-Kelly = 過剰賭けになる。
ここで効いてくるのが Over-Kelly は Sub-Kelly よりはるかに悪い という非対称性。期待成長率を f の関数として書くと f* で最大値、その両側で減少するが、f > f* 側は急激に下がり、2f^* では期待成長率が マイナス に転じる。「edge を倍に見積もっていた」だけで、期待値プラスのはずのゲームが期待値マイナスの運用になる。
backtest で得られる p̂ にはノイズが乗る。サンプル数が少なければ信頼区間は広い。Full Kelly はその区間の中心点に賭ける行為であり、実際の p が下振れていれば致命的 drawdown を喰らう。
2. variance が大きすぎる
Full Kelly の expected drawdown は理論上 50% に達することが知られている。半分まで減った資産から平然と f* で賭け続けられる鉄の意志があるかどうかが運用継続の前提条件になる。実際にはほとんどの運用者がここで降りる。降りた瞬間に Kelly の前提 (永久に複利運用) が崩れ、最適性は失われる。
3. ゲームの構造変化
Kelly 公式は「edge が時系列で固定、ゲーム構造が不変」を前提にする。現実の市場やベッティングでは edge は regime に依存して変動する。Full Kelly は「最適の前提が崩れたとき最も大きく損する」運用にもなりうる。
Fractional Kelly が現実解
実務家は Fractional Kelly (f = f*/k、典型的には k = 4) を使う。1/4 Kelly では期待成長率は Full Kelly の 7/16 に落ちる一方、variance は 1/16 になる。リスク調整後リターン (Sharpe ratio) で評価すれば、多くの場面で Fractional Kelly が勝る。
経験則として:
| 倍率 | 性格 | 採用場面 |
|---|---|---|
| 1/4 Kelly | 実務上の標準 | プロのスポーツベッター、ヘッジファンドの典型 |
| 1/2 Kelly | 攻めの選択 | edge 推定に高い自信がある |
| Full Kelly | 学術的議論用 | 実運用ではまず使わない |
「Full Kelly がベストなのは数学的事実」と「Full Kelly に従うのが愚か」は矛盾しない。前者は edge が完全に既知の世界、後者は edge を推定で扱う現実世界の話。
個人的経験
systematic にベッティングシステムを設計し、backtest と実運用を回してみて学んだのは、Kelly fraction の選択が結果を最も大きく左右する変数だ、ということだった。backtest 上の edge は、live で必ず縮小する方向に動く。execution slippage、流動性、未モデル化の market structure、サンプル外での regime 変化。これらすべてが「推定 edge を割り引け」と要求する。
特に印象に残っているのは、edge の信頼区間を意識せずに教科書通り賭けると、ある日突然「想定以上の drawdown」に直面することだ。これは確率の問題というより、自分の edge 推定がどれだけ確かなのか を厳しく問う問題だった。Kelly を使う前提として「p の事後分布を扱う」視点が要る。Bayesian 的な edge 評価と Fractional Kelly の組み合わせが、罠を避ける現実的な処方箋になる。
まとめ
- 期待値プラスのゲームでも、賭け金率を誤れば破産する。資産は加算的ではなく幾何的に動く
- Kelly Criterion は対数効用最大化の理論的最適解
- 実運用での Full Kelly はほぼ自殺行為。Over-Kelly の非対称性、drawdown の心理的負荷、構造変化に弱い
- 1/4 Kelly 程度の Fractional Kelly が現実解。edge 推定の不確実性を運用に織り込む発想が要る
次回は、ベッティング市場で長年観察される興味深い現象 Favourite-Longshot Bias を扱う。「人気は割に合い、大穴は割に合わない」というアノマリーがなぜ存在し続けるのか、行動経済学と market structure 両面から考察する。
参考文献
- William Poundstone, Fortune’s Formula: The Untold Story of the Scientific Betting System That Beat the Casinos and Wall Street, Hill and Wang, 2005.
- Edward O. Thorp, A Man for All Markets, Random House, 2017.
- John L. Kelly Jr., “A New Interpretation of Information Rate”, Bell System Technical Journal, 35(4), 1956, 917-926.
- Ralph Vince, The Mathematics of Money Management, Wiley, 1992.
- Leonard C. MacLean, Edward O. Thorp, William T. Ziemba (Eds.), The Kelly Capital Growth Investment Criterion, World Scientific, 2011.
- Wikipedia, “Kelly criterion”.